東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2679号 判決 1983年1月27日
控訴人 須永晃三郎
右訴訟代理人弁護士 増田次郎
被控訴人 株式会社 東陸
右代表者代表取締役 鈴木綱夫
被控訴人 蓼沼泰夫
右両名訴訟代理人弁護士 春山進
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一求める判決
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは控訴人に対し各自金五一二万三、四一三円及びこれに対する昭和五五年七月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被控訴人ら
主文第一項と同旨。
第二主張
一 請求原因
1 控訴人は昭和五四年一一月二七日午前一〇時三〇分ころ、普通貨物自動車を運転して群馬県新田郡新田町大字嘉福三三の二付近県道の十字路交差点を青信号に従い進行中、左方から同交差点に進入してきた被控訴人蓼沼泰夫運転の大型貨物自動車に激突され、頭部肩部肩甲部打撲・頸部挫傷・頸部捻挫の傷害を受け、同年同月二九日から翌五五年一月三一日まで同県桐生市境野町二丁目七四一桐生桜谷病院に入院治療を受けた(以下「本件事故」という。)。
2 被控訴人株式会社東陸は、前記被控訴人蓼沼運転の大型貨物自動車を自己のために運行の用に供していたから、本件事故につき自動車損害賠償保障法三条の責任がある。
また、被控訴人蓼沼は、右大型貨物自動車を運転中、前記交差点において赤信号看過の過失により本件事故を引き起し、控訴人に損害を与えたのであるから、民法七〇九条に基づきその損害を賠償する義務がある。
3 控訴人は、本件事故により左記のとおりの損害を蒙った。
(一) 休業損害 七〇六万七、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満四捨五入。以下同じ。)
(1) 控訴人は漬物の製造販売業を営んでいるところ、前記傷害のため、それ以後、控訴人の営業活動は停滞し、殊に売上高が減少した。即ち、前年同期に比較してみると、売上高は翌五五年七月に至って漸く前年同期の水準に回復したのであり、控訴人の営業活動停滞期間(営業活動回復・喪失期間)は、昭和五四年一二月から同五五年六月までの七ヶ月間ということができる。
そして、控訴人のような継続企業主の場合における休業損害は、事故によって減少させられた売上減少額から事故により結果的に節約できたところの変動費減少額を控除したものであり、換言すれば限界利益減少額(売上高減少額から変動費減少額を控除したもの)に追加費用(事故がなければ本来出費の要のなかったもの、例えば借入金増加金利、追加人件費等)を加算したものである。
そして、本件につきこれを算定すると次のとおりであり、その合計額は七〇六万七、〇〇〇円である。
(2) 限界利益減少額の算定
イ 売上減少額 二、〇四九万二、〇〇〇円
昭和五四年一二月から翌五五年六月までの売上合計額は二、四四六万一、〇〇〇円であったが、前年同期の同五三年一二月から同五四年六月までの売上合計額は四、四九五万三、〇〇〇円であった。
控訴人企業は漬物業という安定企業で堅実経営の下に年々成長していた企業であるので、本件事故の如き特別の事情がない場合、当該年度は少くとも前年度以上の売上げが可能であったとみるのが経験則上相当である。
ロ 変動費減少額 一、四二八万三、〇〇〇円
企業会計上、費用は変動費と固定費に分類されるが、変動費とは、操業度あるいは販売量が増えるのと同じように増加し、販売量が減ると同じように減少する性質の費用であり、本件では便宜上、売上原価(材料費)、電力料、水道光熱費、通信費、荷造運賃、旅費交通費を変動費とする。
そこで、前記売上減少に応じる変動費減少額を求めるには、過去の実績を基に売上げに対する変動費率を算定し、これに売上減少額を乗ずることにより求められ、その変動費率は、材料費率(売上原価率)と変動経費率の総和によって求められる。本件における材料費率(売上原価率)は〇・六二五、変動経費率は〇・〇七二である。
ハ よって、控訴人企業の変動率は、前記材料費率と変動経費率を合算した〇・六九七であり、従って前記売上減少額に応じる変動費減少額は一、四二八万三、〇〇〇円である。
ニ 以上により、本件事故による控訴人企業の限界利益減少額は六二〇万九、〇〇〇円となる。
(3) 追加費用の算定
控訴人企業は本件事故により資金繰りが悪化し、諸方面から金融の援助を受けたが、そのため借入金利息、手形割引料が増加し、これらは本件事故がなく通常に営業していれば発生しないものであるから、右増大額は追加費用として事故と相当因果関係のある損害である。
本件事故前一年間(昭和五三年一二月から同五四年一一月まで)の借入金利息、手形割引料の合計額は一、二一〇万円であり、本件事故後営業活動停滞期間(昭和五四年一二月から同五五年六月までの七ヶ月間。)の同合計額は一五六万四、〇〇〇円であり、これらを基に右営業活動停滞期間中の合計増大額を求めると八五万八、〇〇〇円であり、これが追加費用損害である。
(二) 慰謝料 七〇万円
本件事故により控訴人は前記のとおりの傷害を受け、入院・加療を余儀なくされ身体的及び精神的損害を蒙ったが、これを慰謝するには七〇万円が相当である。
(三) 入院雑費、通院費 五万円
控訴人は本件事故により前記のとおりの入院・加療を余儀なくされ、右出費を要した。
(四) 弁護士費用 五〇万円
控訴人は本件事故による本件損害額を被控訴人らに請求したが、被控訴人らは二四〇万円を支払うのみでその余の損害額を支払わないので、本件控訴代理人に本件訴訟を委任し、その費用として五〇万円を支払う旨約した。
4 よって、控訴人は、被控訴人ら各自に対し、本件未填補損害金五九一万七、〇〇〇円のうち五一二万三、四一三円及びこれに対する本件不法行為後である昭和五五年七月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項及び2項の各事実はいずれも認める。
2 同3項の事実のうち、(一)及び(二)は否認し、(三)は認め、(四)は不知。
なお、本件事故による控訴人の傷害は昭和五五年二月末日に治癒した。従って、本件事故と因果関係のある控訴人の休業は、昭和五四年一二月から同五五年二月末日までの三ヶ月間であり、それ以降の治療は、控訴人の持病の糖尿病に対するものと考えられる。そして、控訴人の営業は、季節により仕入れ額と売上げ額が激変するので、右休業による損害は、各月の売上減少額(昭和五四年一二月から同五五年二月までの売上高は、前年同期のそれより一、一五三万七、九一九円減少している。)に、年間利益率(控訴人の昭和五三年中の利益率は一三パーセントである。)を乗じて求められる一四九万九、九二九円とみるべきである。
仮にそうでないとしても、右休業三ヶ月間の事業損害は、売上減少額に「営業利益と固定経費の合計額が、売上高全部に対して占める割合」(控訴人の昭和五三年中のそれは、三六・九パーセントである。)を乗じて得られる四二五万七、四九二円であるところ、控訴人の営業は同人の妻も三〇パーセント寄与しているので、結局控訴人の休業損害は、右四二五万七、四九二円の七〇パーセントに当る二九八万〇、二四四円を超えるものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由がなく、失当であると判断するが、その理由は、次に付加・訂正するほかは原判決理由欄(但し、原判決五丁表一〇行目冒頭から同七丁表一〇行目末尾まで。)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決五丁裏一一行目の冒頭に「後記認定の事実及び本件における弁論の全趣旨を総合すると、」を付加し、同六丁表一行目の「考える」を「判断する」と改める。
2 同七丁表六行目の次に、行をかえて次のとおり付加する。
「ところで、控訴人は、本件事故により控訴人が蒙った被控訴人らが賠償すべき休業損害は、控訴人企業が停滞し売上高が減少しはじめた昭和五四年一二月から前年同期の水準に回復した同五五年六月までの営業活動停滞期間が対象とされるべきであり、その額の算定は、右期間の「限界利益減少額(売上高減少額から変動費減少額を控除したもの)」に「追加費用(事故がなければ本来出費の要のなかったもの)」を加えたものであると主張し、これに副う証拠として、《証拠省略》を提出し、当審における証人飯島秀幸の証言を援用する。
右証拠によれば、控訴人の右主張は会計学上の一見解として理解し得ないものではなく、企業経営上の計画立案、政策・方針策定のため、あるいは経営指針の用具として利用するにつき有用性のあることが認められないではないが、右主張に従って算定した営業活動停滞期間の損害額が直ちに本件事故と法律上相当因果関係にある賠償すべき損害額であると断定することはできない。ひっきょう控訴人の右主張は、本件事案における損害額の算定に関する限り、独自の見解であって当裁判所の採用しないところである。
三 控訴人はさらに、本訴提起のために支出を予定される弁護士費用五〇万円を損害として賠償を求めるが、仮に控訴人において主張のとおりの金員を支出することになるとしても、次に認定するとおり控訴人の本訴請求はすべて排斥を免れないのであるから、被控訴人らにこれを負担させるべきいわれはない。」
3 同七丁表七行目の「三 みぎ認定の原告の損害は」とあるのを「四 以上の次第であって、本件事故に基づく控訴人の損害は」と訂正する。
二 そうすると、控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので棄却を免れず、これと同旨の原判決は結論において相当であって、本件控訴は失当であるから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡垣学 裁判官 大塚一郎 松岡靖光)